2015/10/24

ウェアラブルは大変なものを盗んでいきました

あなたのデータです
 

『ウェアラブルは何を変えるのか』(佐々木俊尚、Kindle版)を読んだ。

ウェアラブルとは「身に着けることが可能である」という意味であり、いま話題のウェアラブル端末グーグル・グラスやテレパシー・ワンなどがこれまでの機械と変わるのはその点だけと言ってもいい。
けれどもウェアラブルは機械の目覚ましい発展の上に現れた、「機械との共生の未来を感じさせるムーブメント」と解釈できる。筆者は本書のなかで「私はウェアラブルが、遠くない将来に電子デバイスの主流になっていくと考えています。」とまで述べる。そんなウェアラブルをよく知るために本書はすごく良いインプットの機会を提供してくれる。これが389円って、安すぎませんか?
筆者によるとウェアラブルが電子デバイスの主流になっていく理由は「ウェアラブルが、身体とインターネットをダイレクトに接続させる基盤となっていくから」であるという。確かにSF的な未来には身体に機械が埋め込まれているのが相場だが、まだあれに遠い未来感を覚えてしまっている我々を1ステップ近づけてくれるのは、身体に着いていることを忘れてしまうような機械なのだろう。

ウェアラブル発展の4つのキーポイント

筆者はウェアラブルが電子デバイスの主流になっていくためのキーポイントを4つ挙げている。
①ウェアラブルに適した新しいユーザー体験(UX)が出現する
②センサーによって身体や物理空間がダイレクトにネットに接続される
③ネットからのフィードバックを、コンテキストに沿って身体や物理空間が受け取る
④それによって私たちの身体や物理空間は、「モノのインターネット」が合体されていく
僕はいまNIKEのFuelBand SEというフィットネス系のウェアラブル端末を毎日身に着けているが、この商品は4つのキーポイントを非常に丁寧にクリアしていると感じる。FuelBandは毎日の運動を記録する3軸センサー付き(20〜30cm腕を動かすだけでも反応してくれる精度である)腕時計型デバイスで、独自のFuelという単位によって、歩数やカロリー計よりも感覚的に非常に精確に「自分は今日どれくらい運動(行動)したのか」のフィードバックをくれる。これによって毎日の徒歩通勤がゲーム感覚になったり、もう少しアクティブになろうというモチベーションになったりしている。これが①と②のクリア。
さらにはiPhoneアプリと連携ができ、自分の運動データがリアルタイムで視覚的に分かりやすく表示されていく。SNSとの連携により自分の運動データをオープンにしたり、友達と日々のFuelを競ったりできる。これは意外に高いモチベーションになる。いつの間にか僕の生活にはこういったデバイスが自然に入っていき、健康という領域では彼らのくれる情報も大切に日々を生きていくことになる。これで③と④をクリアする。①②に比べれば③④はやや弱く、今後の進化に期待するところだろう。
本書では
1.極小チップやブルートゥースLEなど超小型化を推し進める技術発展、コントローラとしてのスマートフォンの普及で「モノのインターネット」世界が広がること、
2.デジタル情報をデジタルのまま見せるのではなく、実際に触れることの可能な、それによって情報を操作できるインタフェースという「タンジブル・ビット」概念の紹介、
3.Googleが特許を新生しているジェスチャー操作の進化、
4.私たちが(コンテキストに沿って)何を求めているかを、デバイス同士がお互いに通信することで勝手に分析・判断を下して有益な情報を提供してくれる「アンビエント・インテリジェンス」世界の紹介、
これらの提示によってウェアラブルなデバイスが実現することを述べている。それぞれ非常に面白い論点で、また人間の生き方を問われる深い問いを投げかけてくれる。上の各用語についてはぜひ実際に読んで知ってほしい。

「データを取られてて気持ち悪い」をどう解決するか

センサーやウェアラブル端末の未来を考えるにあたっては、ひとつ「プライバシー」の問題が大きく立ちはだかっている。自分の詳細な情報をオープンにしてしまうことのリスク、また写真を撮るなどでは知らず知らず他人を巻き込んでしまうことなどのリスクがある。現行の個人情報保護法に抵触しない範囲でも、例えば店内カメラを解析し自分が「5日前にも来店し、シャツ売り場を見たけど買わないで帰った人」であると知られた上で接客対応などされたら、誰だって気持ち悪いと感じてしまう領域がある。
筆者はこの「気持ち悪さ」に特効薬はないが、対処療法があると述べている。それはお客さんに「利便性」を十分に与えてあげることだという。マーケティングデータに使いますなどと本人の向こう側に行ってしまうだけでなく、ちゃんと本人に良いフィードバックを与えてあげられれば気持ち悪さはいくぶん解消できるというのだ。
僕はこの考えに感覚的にとても賛同できる。振り返ってみれば、得体の知れない気持ち悪さを克服してきたのはいつも自身の快適さだったように思う。「なんだか嫌だ」という理由でLINEを使っていなかった自分が今では思い出せないし、NIKEのFuelBandは僕の毎日の運動量や消費カロリー、友達情報をクラウドで記録し続けている。
ふと見た時に「お〜今日のノルマをクリアしてる!よく動いたなあ」とか「あっこの5日間は全然動いてない!ちょっと遠くまで歩きに行こう」と感じさせてくれるフィードバックは、情報をあげるに十分と思っていたりする。僕自身のフィットネス情報は、少なくともクレジットカード情報よりは直接被害のない情報かな、とも。もちろん境界線は人によって様々で、だからこそ様々なウェアラブル端末が世に出る意味がある。

スポーツの価値を今こそ

筆者はウェアラブルが普及するポイントとなるのは恐らくフィットネス分野であると睨んでおり、僕も同意見だ。いきなり体に埋め込んで生活すべてを記録してもいいよと言えるほど、僕はまだ機械と仲が良くない。しかしフィットネス分野に限っては、僕の生活向上のために僕の手の届かないところの情報をくれる良き「パートナー」になってくれている。着けてふた月ほど経つが、社員証を忘れたことはあっても、FuelBandを着け忘れたことはない。というか着け続けていたら、普段は着けていることを感じないようになった。持つことが楽しいからであろう。
そしてこの「フィットネス」と「楽しい」をつなぐのがゲーミフィケーションであり、僕の好きなスポーツであるように思う。まだまだ多くの人にとって運動はできればあまりやりたくない、苦しいものと認識されている。スポーツが本来的に持つ「日常からの逃避」や現代の「競技性」こういったものをうまく活用して人々のフィットネスを向上させる。これがビジネスでできれば、スポーツはただTVで観るだけのものじゃない、辛さや我慢や感動を売り続けるだけのものでもない、人々の生活を楽しみながら良くするものだと示すことができる。そういった絶好のチャンスが到来しつつあると思う。
この点FuelBandは個人のモチベーションを高める様々なゲーム的仕掛け(毎日のゴール設定、達成時のセレブレーション、動いていないときの叱咤激励)、友人と競争できるソーシャルな仕掛けが満載されており、ややアクティブな人寄りではあるものの人々の生活にスポーツを溶けこませることに上手く成功していると思う。これを越えるのは容易ではない。

未来は僕らの手の中

『機械との競争』のアドバンスドチェスの面白い話も紹介されていた。現在のチェス界最強はプロの人間でも、その人間にほぼ負けなくなっているコンピュータでもなく、コンピュータの打つチェス(ソフトウェアの裏側についてだと思う)をよく理解したアマチュア人間とコンピュータのコンビなのだという話だ。人間がコンピュータのできることをよく理解し友人のごとく受け入れるとより良い未来が待っているのだという、希望に溢れた示唆である。
ウェアラブルはこの機械と人間の共生の未来をけっこう鮮明に描けるようにしてくれそうだ。


レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか

『レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか』(ヴォルフガング・ヒュアヴェーガー、日経BP社)を読んだ。

これだけ爆発的にヒットし若者の生活の一部と化したのに、未だ社長の名が知られるどころか姿さえそうそう見ることのない「企業としてのレッドブル」に焦点を当てた本。すごく面白い。★5つ!
レッドブルは1984年に、タイのクラティンデーンという栄養ドリンクに目をつけた元ユニリーバのディートリッヒ・マテシッツが設立した会社。成り立ちから製造に携わらず、マーケティングと販売の会社であることを運命づけられていた。マテシッツがメディアの前に意図的に姿を現したことは2度ほどしかないそうだ。レッドブル社で働く女性が「マテシッツ氏は実在するのですか!?」と取材中の著者に聞き返したとか。本当に謎めいている。

スポーツマーケティングの鬼

しかしマーケティングにおいては謎めいても何でもなく、名前の通り力強いブランディングによって世界市場を制圧した。「レッドブル、翼をさずける(‘RedBull gives you wings.’)」というコピーができるのに1年半も費やしたこと、レッドブルとアルコールを混ぜたドリンクに対して医者が警告を発するもののクラブの若者を中心に普及してしまっていること、数々のエクストリーム・スポーツを支援し、大会を作り、スポーツすら創ることで、アスリートやスポーツの持つ芸術性とレッドブル飲料を深く深く結びつけようとしていることなどが次々と語られる。「レッドブルを飲むということは、単に喉の渇きをいやすだけでなく、新しい世代のライフスタイルを体験することにほかならない」
特にページが割かれているのはスポーツマーケティング。F1のみでなく、サッカー、アイスホッケー、ウィンタースポーツなど。レッドブルは年感総売上の3分の1をマーケティングに費やし、そのうちの3分の1をスポーツに投入するという「ルール」があるようだ。サッカーはザルツブルグ、ニューヨーク、ライプチヒ(ドイツ下部)のクラブを買収し、さらにはあまり知られていないがブラジル・サンパウロ州2部のクラブ、ガーナ首都ソガコペのクラブを持ち、立派な育成施設を建ててヨーロッパのレッドブルクラブに送り込む流れを創ろうとしている。

動機、非オリジナル、独立自尊。

読み進めると、レッドブル社は栄養ドリンク以外にも数多くのビジネスに挑戦し、数多く失敗しているというのがわかる。成り立ちからしてまったく新しいプロダクトを生み出したりマーケティング手法をとったわけでなく来ている。ここでマテシッツが天才でもなんでもなく、基本に忠実な経営者であることが分かるのだ。
著者は彼から得られる教訓を
1.ビジネスはそれを始める動機が大切だということ
2.ビジネスの端緒となるアイデアはオリジナルである必要はないということ
3.経営における「独立自尊」が重要であるということ
とまとめている。多くの人が派手さからレッドブルをアメリカの企業と思っているが、実際はオーストリアに拠点を構える「非アメリカ的」な経営者なのだ。


現代人を悩ます「不確実な未来」に対応するシナリオ・プランニング

『シナリオ・プランニング』(ウッディー・ウェイド、英治出版)を読んだ。

本書はこれまでの企業の戦略・長期計画の立て方では、現代の急激な外部環境の変化にうまく対応ができていないと述べており、その対処の手段としてシナリオ・プランニングを紹介している。『ビジネスモデル・ジェネレーション』と同じ本の形をしているが、こちらのほうが実践的ではるかに読みやすい。『ビジネスモデル・ジェネレーション』は現状把握がとてもやりやすいものの、外部環境の急激な変化や新しいモデルを描くのがとてもやりにくい面があるように思う。それをカバーしてくれるのが『シナリオ・プランニング』という理解でいる。
以下に納得できればシナリオ・プランニングの理解も実践も早く行えると思う。
・現代の問題は複雑化し将来への不確実性が高まっており、誰もが納得の行く将来ビジョンの設定が難しくなっている
・解決のための具体的な方法論が強く求められており、シナリオ・プランニングを推奨する
・シナリオ・プランニングは計画ではなく行動のためのツールであり、起きるか起きないか分からない複数の未来を描き、それに「備えよう」とすることに大きな意味がある
・未来は予測するものでなく想像する、そうして未来をポートフォリオで捉えることが重要だ。

企業戦略も細かな修正が必要な時代に?

具体的なシナリオ・プランニングの手法だが、決まった形はないと述べた上で、以下の順序で行っていく。ちなみに多様なバックグラウンドを持つ20人ほどで取り組むことを推奨しており、ここが最もハードルが高い。。
①課題を設定する
②情報を収集する
③未来を動かす「ドライビング・フォース(原動力)」を特定する
④未来を左右する「分かれ道」になるような要因を見つける
⑤シナリオを考える
⑥骨組みに肉付けし、ストーリーを描く
こうしてシナリオを(本書では2×2マトリクスを描くため4つ)複数描いたあとで、適宜の修正のために
⑦シナリオを検証し、追加の調査項目を特定する
⑧シナリオの意味をくみ取り、取りうる対応を決める
⑨目印(どのシナリオが実現しそうか、の)をさがす
⑩シナリオを観察し、更新する
上記のプロセスを経る。非常に分かりやすい。本書は半分はケーススタディになっており、新聞協会や島国の国家産業機構など豊富な作成例で参考になる。はず。
シナリオ・プランニングという手法自体は石油危機時代からあるようだが、現代の外部環境の変化が激しさから、PDCAのサイクルを超高速で回して云々という大きな流れが、開発からサービス運用、企画・営業のみならず企業戦略立案のレベルにまで及んできたと理解している。キーになっているのはやはり現状を精確に把握するためのデータアナリティクスではないかと感じるので、基本的な素養を身につけておきたいと思う。
ちなみにフットサル仲間が本書の出版に関わっており、とても元気をもらった。面白い本をありがとうございます!